新 港 ふ 頭 |
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| 日露戦争に勝ち、国際社会の仲間入りを果たした日本にとって、近代的な埠頭の建設は急務であった。そこで、明治末期から大正の初めにかけて行われた第二次築港工事で新港ふ頭はできあがった。前期には、艀ではなく船が直接接岸できる岸壁を持つ埠頭工事が進められ、後期には拡張工事と上屋、倉庫、鉄道、道路など最新鋭の陸上施設の整備が行われた。築港の完成を急いだ横浜市は、後期の工事費用約270万円を自己負担し、新港ふ頭に対する心意気を示した。これが国と地方の共同事業の始まりであった。 | |||
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